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Powerampに戻ったら亡き妻の音楽の入口が見つかった

最近、 YouTube Premium を解約して YouTube Premium Lite に移行した。

そしたら、YouTube Musicが使いづらくなった。
(例えば、目覚ましタイマーに音楽ライブラリの音源が使えなくなった。不便!)

ということで Poweramp をインストールし、PCのiTunesライブラリから音楽を同期し始めた。

しかし、僕のライブラリは思った以上に壊れていた。
学生時代から20年以上かけて蓄積したライブラリだから無理もない。
3000曲近く入っていたが、今となっては聴かない曲が多い。

「本当に残したい音楽だけ残そう」

そうして整理を始めたら、思わぬ結果になったいう話。

壊れていた僕の音楽ライブラリ

僕のライブラリはめちゃくちゃだった。

  • どこから来たのか分からないMP3
  • 1曲買いしたものの二度と聴いてない流行り曲
  • ジャンルもアーティスト情報もめちゃくちゃ

「iPod時代」はそれでも良かった。
ローカルの音楽ライブラリが唯一の音源であり、そこから検索したり、ランダム再生したりするものだった。

2026年現在、それはストリーミングサービスの役目だ。
「ちょっと聴いてみたい」は検索すればいいし、アルゴリズムにまかせてBGMを流すのも良い。

今や、音楽ライブラリは、自分用のショーケースだ。
アルバムジャケットから「あのCD」を探したい!

僕の中途半端なライブラリはだめだ!

そこで、2019年に亡くなった妻のライブラリを開くことにした。

妻のライブラリにあったもの

例えば、サラ・ブライトマンの 『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』
妻が好きだった曲の一つだ。(妻は勝手に日本語に訳してカラオケで歌ったりしていた)

どこアルバムに入っているのか。
探してみると "〜the most relaxing〜 feel" というアルバムに含まれているということがわかった。

また、妻のお気に入りだった曲の多くは、“pure be natural” というアルバムに含まれていることもわかった。

これらはシリーズもので、feel 1 から 5、pure 1 から 3 まであるようだ。
順に再生してみると、若い頃の妻が聴いていた、懐かしい曲が詰まっていた。

ところで、feelって何だ?

僕は長年、feelpure

「妻が流しているセンスの良いBGM集」

くらいにしか思っていなかった。

せっかくなので、ChatGPTに聞いてみた。
これらは2000年代前半に大ヒットしたコンピレーションアルバムで、
当時はCDショップの 「ヒーリングミュージック」 コーナーに並んでいたらしい。

当時あまりCDショップに立ち寄らなかった僕は、そんなことも知らなかった。

長年の疑問が解けた

実は、生前から不思議だった。

なぜ妻はあんなに多国籍な音楽を知っていたのだろう。

  • エンヤ
  • アンドレア・ボチェッリ
  • シセル
  • 宗次郎
  • ケルト音楽
  • オペラ

どこでそんな音楽に出会ったのか。

カラオケに行ったらイタリア語で歌い始める。
そうかと思ったら『アイズ・オン・ミー』を歌ったりする。
(ファイナル・ファンタジー8の曲だ!知ってる!でも待って!妻はゲームをしない!)

purefeel を一通り聴いて理解した。

これらが、若き日の妻にとって音楽の入口だったのだ!
妻はそこで気に入った曲やアーティストを見つけると、その先を掘り下げていた。

  • CDを買う。
  • カラオケで歌う。
  • オペラを聴く。
  • イタリア語まで勉強する。

僕はずっと結果だけを見ていた。
入口を知らなかった。

音楽ライブラリから知る妻の生きた足跡

妻のライブラリの中に長富彩のCDがあった。
僕や妻とほぼ同年代の人気女性ピアニストだ。

そのCDはずっと家の棚にあった。
僕もたまに聴く。
趣味でピアノを弾く僕が買ったのだろうと、ずっと思っていた。

違った。妻が買ったのだ。

妻もピアノを嗜む人で、元気だった頃はリストの『愛の夢』をよく弾いていた。
難曲だ。
体力が落ちてからは思うように弾けなくなっていった。

このCDの発売は2011年。
つまり、少なくともそれ以降に、妻は買った。

妻は、2011年に、まだ、『愛の夢』を弾こうとしていたのだ!

妻の音楽ライブラリが読めるようになった

妻は音楽を愛していた。
家には大量のCDが残っているし、音楽ライブラリには膨大な曲が溜め込まれている。

「たまには妻のコレクションを聴くか」

と、思うことはある。
だが、あまりに膨大で、どれを聴いたらいいかよくわからないのが正直だった。

ところが、今回のことで、妻のライブラリが読めるようになった!

まず、入り込みやすい「ヒーリング」コンピレーションアルバムを聴く。

「あ、この曲いいな」

と思ったら、妻のライブラリを検索する。
すると、そのアーティストのアルバムが入っていたりする!

2000年代前半の妻が辿った道を、25年遅れで僕は追走しているのだ。

一枚のCDが、人から人へ感性をつなぐ

今の音楽配信サービスは便利だ。
検索もできる。
レコメンドもある。

だが、アルゴリズムは「その人」に特化してしまう。
妻用のレコメンドは、妻という個体がなければ、消滅する。
たとえ僕が同じサービスを利用していたとしても、別物だ。

一方、feelpure のようなアルバムはプロの編者がその「時代」と「雰囲気」に合わせて1枚のCDにまとめ上げる。
そうして作られたCDを中心にして、2000年頃の妻と、2026年の僕がつながることができた。
アルゴリズムではできないことであろう。

Powerampへの移行作業から始まったライブラリ整理は、結果として妻の音楽地図を復元する作業になった。
妻のライブラリには音楽だけではなく、感性の足跡が残っている。
僕はその地図を片手に、妻の感性と一緒に、これからの時代を生きていく。